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下高井戸のbar Harry'sのブログです
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# 暇すぎる人しか読まないで下さい。


飯吉です。私は今、あらゆる状況を参酌した結果、自室にてラム酒のパインジュース割りを飲んでいる・・・・・・つまりは、なんとなく寝付けず、家にある限られた選択肢の中で飲酒を楽しんでいる。



つい先日、ブログにカミュとサルトルの論争についての記事を書いていたら、いわゆるアクシデント、エラーが発生し、私の書いた駄文は無残にも消えた。完成していればそれは恐らく駄文中の駄文になったに違いない。それを改めて書こうとは思わない。言葉とは、文法とは、いな、あらゆる言語活動は生成されたその場で語り手の心理状態が決まるものだと私は思っているので(かなりソシュール的な思想)つまりは予め考えていたことを、そっくりそのまま言語化して自分の外部に発表しているわけではない、とする考え方なのである。


同時にまた、読み手の感想というのも、それはそれで1つの恣意的な真実なのである。年頃の男女が映画を観た帰りにBARに寄って、先程観た映画の解釈について「あっ、あのシーンああだったよねっ!?」と語る時に、そのシーンの貴方の解釈は作者の意図するところじゃないですよ、という反駁はさして意味をなさない何故なら、言葉、情報というものの本質的性質がそうだからである。ある情報について誰かが解釈すると同時に、まるで上乗せされるように、その解釈も1つの事象として存在する。同じものを見ても、人それぞれ感想が違う。ではその、同じもの、が意味する内容は人それぞれの意見によって決定するのか? というと、そうでもなく、その、それぞれの意見というものが、あたかも老舗の秘伝のタレかの如く、どんどんどんどんその事象がもつ意味の深めていくとでもいうべきか・・・・・・つまりは、卵が先か? ヒヨコが先か? ではなくて、卵とヒヨコが同時に生まれているという考え方、「相互連関」であるとか、「スパイラル構造」などと言われるそうだが、卵が先か? ヒヨコが先か? という命題の立て方自体が落とし穴で、どっちも同時に存在する、という思考法なのである。卵とヒヨコが互いに影響しあいながら、持ちつ持たれつしているイメージだろうか。グレイゾーンという言葉があるが、まさにそれである。白黒ハッキリ分けたがるのは二分法的二元論的であり、ヨーロッパ的伝統である。日本的伝統は階層的である。百ゼロではなくて、段階的に、いっぱい種類があってもいいじゃん、と捉える。両者共一長一短で、二元論的な思考は、長らくヨーロッパで続いた後に、いやそうではないと学説が変わり今日に至る。が、そういった二元論的な思考の元でヨーロッパの社会制度が作り上げられてきたという歴史も事実で、しかもそれが優れていたりして、それ自体がもう矛盾の塊のようなものだ。



これにて、冒頭に書いた、つい先日書いたカミュとサルトルの論争に関する駄文、それを超える駄文が、今ここに完成しました。



飯吉




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