bar Harry's Blog.

下高井戸のbar Harry'sのブログです
<< May 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 暇すぎる人しか読まないで下さい。 | main | アーレント >>
# 蘇る駄文、暇すぎる人以外読むの厳禁

飯吉です。


ブログに、ロシア文学に出てくる飲んだくれが語るみたいに、長々と、綴られた私の駄文が、エラーにより風の前の塵と化したことを以前ブログにも書きました。


その件に関して、お客様方から、温かい声を頂きましてね。エラーで消えた内容をここに再現してみようとさっき思いつきました。


主題はカミュとサルトルの論争についてでした。


実は私、好きな作家がいるとその人の小説は読むんですけどね、エッセイだとかそういった類のものは殆ど読まないんですよ。餅は餅屋、思想的なものはあくまで思想家という肩書きをもった人の手によって、なんていう偏見をもっているわけではないけれども、なんとなく、読まないんですよ。


ですから、アルベール・カミュという渋いおじさまが直接主張している文章も殆ど読んだことないんです。


しかし、今回読み始めた感想(まだ読み終わってはない)


改めて驚かされましたね。時代に流されず真実を見通す目を確かにこのカミュというおじさまは持っていたに違いない、私は哲学なり思想なりにかぶれる人間には大きくわけて2パターンあると考えていましてね。


パターン1は、既に自分が考えていることの正当性の根拠を演繹的に見出したいというタイプ。


パターン2は、既知の情報なんてどうでもいいから、さっきまで自分が信じていたことなんてどうでもいいから、ただひたすら、真実としか寝ないよ、というタイプ。


私は後者のことを「暴き系」と勝手に呼んでいましてね。そう、カミュというおじさまもまた、暴き系に他ならないのです。あの時代にマルキシズムに対する明晰かつ判明な指摘

(ラッセルやウェーバーとも通ずる)


当時もインテリ達が何を求めて論争を繰り広げていたのかといえば、物凄く雑な言い方をするなら「人間の自由」である。

自由、それはカミュにとっても大きなテーマであったことは、以前ブログにも書きました。では、カミュのいう自由とはいかなるものか?


近代思想の祖といえばまずジョン・ロックであろう。ロックなくして(あとキリスト教)アメリカ独立も中世の革命も起こり得なかったといっても過言ではない。ロックのいう、いわゆる人間の自然状態とは、人間は生まれながらにして、命、身体、自由、を所有する。という前提から社会を考える(ここでいう自由とは、契約するかしないかの自由、それを皆が持っているから平等という意味、決して皆好き放題やっていいとか、皆同じように扱われるべき、という意味ではない)


この、ロックの前提に立つのが、いわゆる古典経済学のスミスでありリカードであり、そしてマルキストである。本来人間はもっと自由でいいんだと、しかしそれを疎外する社会なら、その制度を変えようというのが彼等の主張である。


自由、そもそも自由とは? 様々な考え方が存在する。


古代ローマでは教養を身につけて他人と接していくうちに他人と自分との差別化がはかれ自我も形成され自由人になる、それを復活させようとしたのがルネサンス。また宗教者、ルターやカルヴァンなら人間の自由意志は認めない(神の意志だから)


サルトル実存主義なら認める。後の構造主義なら認めない。


果たしてカミュは?



恐らくカミュはアプリオリ(生得的な)を認めていないのではなかろうか? 生まれながらに持っているものはない、だからその後どう生きるかは自由、というのはサルトルの主張だが、カミュの場合あらゆる必然を否定していると思われるから、生まれながらに決まっていること、も認めないけど、生まれてから何をやっても、別に何者にもなれないし、それでも1人ボートを漕いでる内に沖まで来てしまいました、みたいな考え方ではなかろうか?


社会から個人が自由になる、というのには賛成だが、社会がなくなったからといって、もともと人間はそんなに自由じゃないよ。というところだろうか?


そしてそのような考え方をカミュの作品に写し見ると・・・・・・「異邦人」では、個人の精神に国家が介入できないという、近代的中性国家(政教分離が制度化されている国家)あくまで、「社会」から自由になる物語。では、社会から自由になった末に行き着く先は・・・・・・恐らく、カミュが推奨するのは田舎での隠居生活である。



まさかここまでごちゃごちゃと書いておいて、行き着く先がそれなのである。彼の死後出版された「幸福な死」は、彼の作品の多くのテーマが詰め込まれた(但し初期に書きたいことを書きまくった感のある未完成品なので内容にまとまりがない)カミュの思想を探る上での貴重な資料である。


その中で、主人公は社会から逃れ、田舎で隠居生活をし、大自然と一体化すること(日光浴とか水泳とか)で真の幸福へと近づいていく。ソロー、森の生活宜しく! といった感じである。



この結論に対して、皆様はどう思うでしょうか?


田舎での隠居生活。








| comments(0) | - | 12:04 | category: - |
コメント
コメントする









Categories
Archives
Mobile
qrcode
bar Harry's
バー・ハリーズ
京王線 下高井戸駅から徒歩5分

ホームページはこちら
http://www.bar-harrys.com/
Search this site
Sponsored Links